街から時代を読む。その2

まず第一に、店というものは顧客からの積極的なアクセスがなければならない。
そして売買の成立と利益の確保が保てなければ存続出来ないことは明白なことなのだ。
その意味で店構えの条件として、人の流れが重要な要素になるのである。
当然、金は人の流れに添って落とされるものだからだ。



原宿を表現するのに一番適した言葉は、既に手垢で汚れた言葉だが、「若者の町」という言葉が適切だろう。このエリアは若者達の嬌声と店から流れる音楽ー雑踏と喧騒とエネルギ?に満ち溢れている。
トレンドに敏感な若者達が大人感覚で一日中ショッピングと食事を楽しみ休日を満喫する。
その意味で、この町に店を構えた商店は、立地条件には格別に恵まれていると言えよう。

たいていの店構えはシンプルで開放的だ。そして何よりもポップ感覚に充ちている。
どの店も強烈な自己主張で個性的な若者の感性に訴えかける。
しかし町は自由の楽園であるばかりでなく、常に光の蔭に闇の側面を隠し持つものだ。
開放的な反面、無防備な若者を狙う犯罪の温床ともなる危険性を内包している気がする。
竹下通りには黒人の呼び込みが増えた。
気の弱そうな人間を見つけると迷わず肩を抱き店へと誘う。
こんな危うい環境の中で、果して彼等はCS(カスタマー・サティスファクション=顧客満足)を得られるのだろうか?
僕などは単純に疑問に思ってしまうのだが、案外若者達は危うさを求めてこの町を彷徨っているのかもしれない。
また異性との劇的な出会いの場としての意味も大きいのかもしれない。


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まずこの町の商店の特徴と呼べるものに、顧客と商品の距離を縮めたレイアウトが挙げられるだろう。
すぐ手に取れる距離に商品が陳列されることの意味は大きい。
僕は長年営業を生業としてきたが、商品の販売に於いて、まず顧客の注意を惹きつけることが一番難しい部分なのである。その第一の難関を、気楽に商品を触感として認知させることで乗り越えている。



次に店のレイアウトは遊び感覚で満ち溢れている。
しかし色彩のコントラストには敏感である。
昆虫が自らの色彩で異性を呼び込むように、陳列された商品の色彩が若者達を引寄せる。
バックグランド・ミュ-ジックの効果にも彼等は敏感に反応する。
この町には、ブラック・ミュ?ジックが似つかわしい。
若者達はバックグランド・ミュ-ジックに触覚的且つ生理的に魅力を覚えるのだろう。
吸い込まれるように店の中へ誘われていく。



こうして見ていると<ムード>が商品の購買力を高める重要な要素であることが分る。
ここで売られている物は、決して優れた商品なのではないのだ。
どこにでも二束三文で並べられているものなのだ。
にも拘らず、若者達は原宿を目指す。
何故なら「その商品は原宿のどこそこで買った。」
そのことに意味があるのだ。
このことは<町>が<店>が<ブランド化=記号化>していることを証明している。



僕が学生時代は原宿は何も無い町だった。
店など数えるほどしかなかったのだ。
渋谷で飲んだ後には、原宿の竹下通りと明治通りが交錯する地にあったバーでよく水割りを飲んだものだ。店の内装はすっかり忘れてしまったが、妙に水っぽいジャックダニエルだったことを覚えている。

数年で原宿は驚く程の変貌を遂げた。
ひとたび<ブランド>としての認知を受けたものは、もはや<神話>の領域に近づいていく。
これは、町のみに言える現象ではない。
人が権威に隷属する属性を持つ限り、あらゆる神話は作り出されるものなのだ。
ひとたび<記号化>されたものは、自らの能力の数倍の効果を発揮することになる。
そしてそれらは<神話>へと成長していくのだ。
情報の伝達手段を経由して・・・





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人が権威に隷属する属性を持つ限り、あらゆる神話は作り出されるものなのだ。
ひとたび<記号化>されたものは、自らの能力の数倍の効果を発揮することになる。
そしてそれらは<神話>へと成長していくのだ。
情報の伝達手段を経由して・・・
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人間と物の都心の一極集中化と一極依存構造
そして超都心に惹きつけられる若者達
ここに於いては街は既に独立した自由空間である。
いや、一つの独立国である。
街の中を狭い道路が幾重にも毛細血管のように交錯している。
それらは、まるで自己増殖を繰り返すアメーバーの様に、それぞれ個性的な風貌を描き出し、歩く者の目を惹きつけてやまないのだ。
金をかけた店は、殆ど無い。
にも拘らず、どれもが強烈な自己主張をし、ひどく個性的なのだ。
手作りの店構え・・・
それがこの街の店の一番の特徴なのだ。

ここに重要なテーマが隠されている。
それは、<匂い>だ。
この狭いごみごみした異空間には<匂い>が充満している。
これは、店の<匂い>であり動物の<匂い>であり、
そしてこれは生きて呼吸している街の<匂い>なのだ。
もし、この街にレゲェの音楽が響き渡っていたら、僕は余りに相応しい場との共振に打ち震えたかもしれない。

現代人は、近代的な建造物に<異>や<畏>を覚えている。
<匂い>を消し無機質化した<もの>に対し<敵意>を感じ始めている。
何故か?


望郷の念とは、
それは、心の奥に沈んだ失われた故郷に対するもの・・・
既に現実には存在しない世界に対する想い。

この街を歩いていて感じたことがある。
逆説的な表現を使えば、現代人は野獣と化すことで人間としての復権を図ろうとするのかもしれない、ということを。
(注)写真は少し古いものを使っています。
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