天使と悪魔が出会う場所・・・それは、こんな廃墟が似つかわしい。

項垂れた天使の傍に、悪魔が高笑いを発して語りかける。
「どうだい。人間どもは自らの手を使って、この世をものの見事に破壊してしまったではないか。人間とは生来、不完全で残酷な生き物に過ぎないんだ。最早、地球上には一人の人間も、一匹の動物さえも存在しない。
それにしても、見事に破壊し尽くしたものじゃないか!」

天使は、悪魔を振り返った。
そして、悲しげな表情で、言った。
「確かに地球は破壊された。しかしこれで生命の全てが失われた訳ではない。この破壊され荒れ果てた土地にも、やがて草が芽をふき、花が咲き、宇宙より舞い降りた霊たちが棲みつき、いつの日にかこの地を緑の草原に変えてくれることだろう・・・」

「がははははは!何をたわけたことを言っているんじゃ。もはやこの地には、何ものも生活することができないのだ。空気は汚染され、地は悉く破壊され尽くしてしまったのだ。
あとは、どこまでも果てしの無い砂漠が続くだけじゃよ。この地は、既に死んだのじゃ。生き返ることなど無いんじゃ!」

「確かに・・・そうかもしれない。
かって人間が破壊し尽くした幾つかの星と同様・・・・
この地球も荒涼たる死の星になってしまったのかもしれない・・・」

「お前は覚えているかい?地球が生まれた時の状況を?」

「勿論!忘れはしない・・・・・
地球はあの時、高温で覆われ、真っ赤に燃え上がる天体だった・・・」

「そうだったな・・・その後、何日も雨が降り注ぎ、地球は急激に冷やされた。」

「湖が誕生し、そこに植物が繁殖し、地球は靄に煙っていた・・・」

「我々が地球に舞い降りてきた時、まさにそこは天国だったな。」

「うん。そうだった・・・宇宙より天使達が大量に舞い降りてきて、靄に霞んだ湖の中で、自然に歓喜の合唱が響き渡ったんだった・・・
あの時は、君も僕らの仲間だった・・・一緒に歓喜の合唱を歌ったんだったね・・・」

「ああ、あの時はお前も我々の仲間だったな。(爆)
そんな表現も可能なわけだ。」

「そう言っても間違ってはいない・・・天使も悪魔も無かったんだ・・・あの時には・・
みんなが仲間だった。みんなが力を合わせて地球を造ってきたんだ。」

「お前は、天使と悪魔が別れたのは何故だと考える?」

「それは、所有の観念、支配の構図が出来上がった時に芽生えた気がする・・・」

「そうだな。天使は元来男女混交の姿だった。両性を具有していたんだ。
ところが、お前達は遺伝子を操作し、天使に似せた人間を創り出し、その人間達を使って、この地球を支配させようと目論んだ。
それに反対した我々は、悪魔として扱われ、神話の中に封じ込められたのだった。
そして、我々は地球を離れ、土星に住処を見つけ、お前達のやることを心配しながら遠方より見守っていたのだ。」

「しかし蛇を使って人間に羞恥心を植付け、堕落させたのは君たちの仕業だろう?」

「堕落させた!?あっはは!人間とはもともと不完全な作品に過ぎなかったんだ。やがてそうなる運命にあったんだと俺は言いたいねぇ。
その証拠に、今の人間が出来るまでに、どれだけの失敗作をお前達は造り上げたんだい!?」

「今の人間が出来る前に、我々が造りだしたものは、確かに怪物の姿に近いものだったかもしれない・・・
半獣の姿、巨人、精神の未発達・・・君の言うようにさまざまな失敗を重ねた・・・」

「そしてお前達が完成品だと信じた人類という作品は、ものの見事に地球を破壊させたんだ!」

「・・・・・・残念なことだ・・・」

「分かるか?完成など無いのだ。完成などはどこにも無い。どこまで行っても我々は完成品など手に入れることは出来ないんだ。
お前達は、その重要なことを忘れた。自らが神として人間を支配する喜びに酔いしれていたんだ。」

「確かに・・・自惚れていたのかもしれない・・・」

「お前達はしっぺ返しを食らわせられたんだ。自分達の手で造り上げたものにな!」

「一体、どうしたら良いんだ!」

「もうどうすることも出来ない。ただこの荒れ果てた大地を直視する以外にはな。」

「・・・・・・・・・」

(風がピューピューと音を発てて、砂を巻き上げていった・・・)




●パラノイア症候群

パラノイア(paranoia)・・・言うまでもなく、偏執病、妄想症のことだ。

 

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「第一話」

●ある男が、茨城の海辺で、酒酔いを醒ます為に海鳴りの音に包まれて休んでいた。

海からの風は冷たく、ほてった体を冷やす為には最適な環境であった。

疲れていた為だろう・・・

男は、しばしの間、浜辺で寝てしまっていた。

定期的に訪れる波の音が、男に子守唄のような優しさを与えてくれたのだ。

男は、夢を見ていたものと思われた。

顔には、笑みが浮かび、男の顔は、まるで生まれたばかりの赤子のように純真さをさらけ出していたからだ。

いきなりだった。

突然、力強い衝撃が腰に伝わった。

ぼんやりした意識の下で、何事が起きたのか?

男には理解できなかった。

四つんばいに無理やりにされた男は、

とっさに後ろを振り返った。

見ると、ホームレスと思われる風体の男が、

男の腰をむんずと掴み、ベルトを外しにかかっていることが理解できた。

その男の腕力は強く、肉体労働で鍛えられたものであることが理解できた。

驚いて暴れる男に、ホームレスと思しき男は、

後方から殴りつけてきた。

とても腕力では敵いそうに無い。

男は、酒の酔いも残っており、なされるままに従うしかなかった。

「グイッ!」

「ムンズ!」

男のズボンとパンツが引きずり落とされた。

そして、ホームレスと思しき男は、

男のアヌスを指でまさぐり、

いきなりいきり立った熱く燃え上がる棍棒を突き刺してきた。

あまりの痛みに、男は小さく叫び声を発した。

それからは、海に向かう小船のように、ホームレスと思しき男の動きが始まった。

「ハア、ハア、ハア、・・・」

ホームレスの男の息遣いがやがて快感に変わってきたのが体を通じて伝わってきた。

男は、その痛みに耐えながら、何度も繰り返し打ち寄せる波音に

耳を奪われていた。

 

 

やがて、それが快感に変わるまでは・・・・

 

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「第二話」

●男は、かって雑誌等でも取り上げられた「I」という店のナンバーワンのホストであった。

もともとアイドル歌手であった男は、不運にも同じ事務所のたまたま同期だったP&Kという人間が

先に爆発的に売れてしまった為、

事務所も男を売り出す努力を怠り、その為売れることもなく、いくつかの事務所を転々とした後に、歌手を辞めた。

その後、男はスナック等を経営するが、これも失敗に終わった。

友人の紹介で男がホストになった時には、既に26歳になっていた。

ホストとしては、決して若い方ではない。

しかし50代、60代のホストが何人もいる業界であれば、ほどほどの年齢であったと言えるかも知れない。

男は、入って2ヶ月目に、その店のナンバーワンになった。

横浜の中華街にある店の経営者の奥さんが、彼を気に入り、

彼を指名するようになったからだ。

その女性の歳は50歳代後半であったが、中国で豪邸に住むその女性は、

男の為に、1ヶ月で3000万以上の金をつぎ込んでくれた。

男は免許は持っていなかったにも関わらず、

女は、2台のベンツを男にプレゼントした。

たいてい、この業界に来る若い男は、金を持っていそうな女を見つけ、

肉体を武器にして、自分の虜にさせ、

高級外車を買わせた途端に、とんずらしていなくなってしまうんだ。

男は、僕を見ながら力なく笑った。

さもないと、車を買い与えた女は、男は自分のものになったと考え、

もし浮気などすれば、殺傷事件に巻き込まれたりするからだ・・・

女がやくざを連れて、店に来て、もめるケースも多いんだ。

そう男は、付け加えた。

しかし、自分の母親より年上を相手にするんじゃ大変だね。

僕の言葉に、

金、金。金だよ。金と思わなければ、やってられないよ。

男は、はき捨てるように言った。

 

男は既に50代半ば・・・

男に尽くした女も、脳溢血で倒れ、

病床に臥し、やがて亡くなった。

店に来る客層も変わった。

バブル崩壊後は、ホステスが飲みなおしに訪れたり、OL連中が訪れたり、

殆ど遊び感覚で、

彼女達は、それほど金を落とさないという。

男の時代は終わったのか・・・

男は店でのナンバーワンの地位も失った。

 

そして、店を辞めた。

 

この仕事(肉体労働)も、根性を鍛え直すための、自分との闘いの場所なんだ。

俺が、生まれて初めて得た水商売以外の仕事なんだよ、これが。

今、男は、もう一度人生をやり直そうと考えている・・・

 

そう男が語った時、男の目に鈍い光が走ったからだ。

 

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人間が全てを失った時、残るものは自分の身ひとつ。

その肉体を売ることで、金を稼ぐしか手が無い。

その世界には、様々な人間模様が展開されていく。

しかし、最後の武器である肉体を命を張りながら売ったとしても、

そこには、陰湿な搾取の構造が見て取れるのだ。

これが、日本の下層構造の問題なのだ。

みんな立ち上がらなければ、何も変わらない。

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●人格の崩壊

 

ある50代後半の男は、人間と会話をする能力を失ってしまった。

もともと人間嫌いだった訳ではなく、魯鈍という訳でもない。

さりとて、耳が聞こえない訳でもなく、言葉が話せない訳でもない。

何故ならば、30過ぎの年齢までは、第一線で活躍していた有能な企業戦士であったのだ。

しかし、彼は、30代半ばに仕事上の責任をとって会社を辞めることになる。

それは、人の良い彼を陥れるために仕組まれた罠であった。

上司は責任を全て彼になすりつけ、仕事の失敗の尻拭いをさせたというのが真相だった。

その後、彼は職業を転々とするが、どこも安住の地ではなかった。

新聞等の人事募集の広告を信じて転職を繰り返したが、書かれていた内容とは遥かに異なる条件の下、働かされた。

それらは、入ってみると保険も何の補償も無い会社だった。

当然、それらのインチキ会社の寿命も短く、働き出してしばらくすると給料が滞りだし、やがて倒産した。

 

彼は、徐々に人間不信になっていった。

そして、ある日、突然会話が出来なくなってしまった。

頭の中に言葉は浮かんでくるのだが、口から声を発することが出来なくなってしまったのだ。

声帯に異変が起きた訳ではなく、それはあくまでも彼の精神的な問題だった。

対人恐怖が、相手との会話を不能にさせてしまったのだ。

が、彼は言葉を忘れた訳ではなかった。

なぜなら、犬などを相手に相好を崩し、人間の言葉で話し掛ける姿が何度も目撃されたからだ。

彼は、赤ちゃんも好きだった。

自分を裏切る危険性がないものに対しては、彼は自然体で愛情を篭めて接することが出来たのだ。

この男の言葉を奪ったものは、何か・・・・・

人間性を喪失した時代、

鬼畜の時代・・・・

現代をそう呼ぶことに、誰か異論はあるのだろうか?

 

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■作品解説■

 

この作品は、ゴヤの「サトゥールヌス」がテーマになっている。

(「サトゥールヌス」は宮廷画家ゴヤが、3度目の瀕死の重病から回復し、幽閉生活を送っていた頃の作品である。言うまでもなく、天空の支配権を自らの子供達に奪われることを恐れ、5人の子供達を次々に食い殺した古代神話の神、サトゥールヌスを描いたものである。病後のゴヤにとって、人間の深層心理の解明は、重要なテーマになっていくのだが、「魔女の集会」同様、僕が好きな作品である。)

さて、僕はゴヤの「サトゥールヌス」に僕流の解釈をここで加えている。

精神医学の分野では、ゴヤの扱ったテーマは、オイディップス・コンプレクスということで解釈が出来よう。

しかし、僕が考えたものは、弱肉強食時代の「人間性の崩壊」を象徴化するものとしての「サトゥールヌス」なのだ。

自らが生き残る為ならば、例え吾が子であろうと食い尽くしてしまう。

ここでは、人間は人間としての尊厳を失い、動物以下の存在に成り下がっている。

この作品で僕は、「人間とは何か?」

そのことをもう一度、問い掛けているのだ。

「人間とは何か?」

誰か答えを教えて欲しい。






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●自分の意思と無関係に作品が出来上がることがある。今回の僕のテーマは、時間だった。
まず、僕の頭の片隅には、宇宙と閻魔大王の交錯したイメージがあった。
最初にあったものは、それだけだった。
しかし、出来上がったものは、まるでそれとは違うものであった。
にも拘らず、僕は偶然出来上がったこの作品がとても気に入ってしまった。
こうした表現が適切であるかどうかは疑問だが、これは「神の一太刀」によって、偶然が生み出した、そんな作品なのである。
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●考えても見て欲しい。もし時間というものが我々の日常から奪い去られたら、我々はどれ位の自由を手に入れることが可能なのだろうか?時間に縛られない生活は、果たしてどれほど人々を解放することだろうか?
時間という概念は、もともと人間が作り出したものに過ぎない。
その自らが作り上げた概念に、我々は束縛され、身動きができなくなってしまった。
こんな理不尽な話もあるまいに・・・・
時間は、地球の自転によってもたらされる。
朝、昼、夜、地球は規則正しく太陽の周りを自転しつつ公転している。
その自転が昼夜の区別を作り出し、人間は時間という概念で一日の周期を測ったのだ。
それが、一日は24時間という区分なのだ。
もし、地球が自転を止めたとしたら、我々は時間を完全に奪われることになる。
四六時中、昼、若しくは夜・・・・
そんな世界に、時間など必要ないだろう。
起きたい時に起き、仕事をし、寝たい時に寝れば良い。
それらは、個人の選択に委ねられれば良いことだ。

勿論ここで僕が述べたことは、適度な人口密度で、しかも自然に恵まれ食べるものにも恵まれた生活環境が前提となることは論を待たない。今の世界にそれを求めることは、所詮適わぬ夢なのである。
しかし、もし時間泥棒によって、時間が我々から奪い去られたとしたら、あなたはどうしますか?


あなたが信じていた時間が、突然狂い出したら・・・・
その時、
あなたは、どうしますか?





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