時空に突如として亀裂が入る瞬間がある。
己の眼前の空間が引き裂いたように千切れ、その亀裂の底には広大な宇宙が広がっている。そして、異なった次元より訪問者がやってく
るのだ。それは、我をその空間に引きずりこもうとする押し広げた手首だけの場合もあるし、不気味に歪んだ表情をした生命体の場合もある。

面白いことに、我々の棲む空間には、何層にも分かれた次元が共存しているようだ。
その各次元に、異なった生命体が生息している。
彼らは、其々にあたかも自分達の世界こそが、真の世界であるという確信を抱いているのだ。
今日、僕の元に訪れたのは、顔だけの存在だった。
それが天使であったのか、仏であったのか・・・
それとものっぺらぼうであったのか・・・・
今となっては、はっきりしない。
僕は、風呂に入っていたのだ。
湯気に包まれ、少しぬるめの湯船に浸っていた。
後頭部に溜まった疲労感が、肩から頭の天辺に抜けていくのを意識しながら、僕はうとうととしていた。
ふっと我に還った時、目の前には鏡のようなものが置かれていた。朦朧とした意識の中で、不思議に思いながら鏡を覗き込んだ。その鏡
の中には、永遠に続く宇宙のような空間が広がっていた。
それは、どこまでもどこまでも星屑が散りばめられた空間だったのだ。
その中に一点、天使のような存在が確認できた。
その天使は、紐で括られたように、幾重にも折り重なっていた。
リング・・・・・
僕がそう呟いた時、突如漆黒の闇の中から、鏡を突き抜け、僕の目の前に、巨大な顔が出現したのだ。



そうだ、思い出したぞ!
その顔には目も鼻も耳も、その上、口も無かったのだ。

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●あなたは、蛙の卵をご存知だろうか?
蛙の卵とは、カンテン状の卵の全体が幾つもの部屋に分かれており、(それはあたかも全体を区分所有した状態と呼べるものだが)その中で無数のおたまじゃくしが生まれるものだ。
ご存知のように、おたまじゃくしはカンテンを破り、そこから飛び出し、やがて成長して蛙になる。
まずは、その状態を想像してみて欲しい。
僕が見たものは、まさにそれと同じようなものであったのだから。

しかし、それとの著しい差異があった。
それは、なんと、そのカンテン状の物質の中には、何人もの人間の卵が収納されていたのだ。
人間の卵?
そう聞いて訝しがる人もいるだろう。
何故、それが人間の卵だと判別できたのだ?
そう質問する方もおられるだろう。
当然のことだ。
が、僕は見たのだ。
そのひとつひとつの部屋の中に、半分人間の形態をした生物が棲んでおり、僕が見たと殆ど同時にその中から半魚人とも呼ぶべき生物が飛び出し、プールの中へ泳ぎだしのだ。
プールの中には変身して、尾びれの近くから足が生えてきていた者もいた。
全体としては、魚のように見えるのだが、それがやがて人間に進化する過程を、僕は目の当たりにしていたのだ。

●僕の友人で、小鳥と会話を出来る男がいる。
小鳥だけじゃない。
猫でも犬でも、植物でも・・・
彼は、ありとあらゆる生物と会話ができた。

でも、
彼は、滅多に人と会話をすることが出来なかった。
自己表現が下手であったし、他人との意志の疎通が酷く煩わしそうに見えた。
だから、僕は彼と一緒の時も、殆ど言葉を交わさなかった。
交わす必要も無かったのだ。
僕達は、黙っていても、心と心で通じ合うことが出来たのだ。

彼は風変わりな男だった。
それもかなり変っていた。


僕には、その理由が良く分るのだ。
なぜなら、

彼は、蛙の卵のような・・・
そんな卵から生まれてきた人間だったのだ。

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●妄*** 想


突然、景色が変った。 目前の大都会の光景が唐突に山の景色に変ったのだ。 その瞬間まで、後頭部を鈍器で叩かれたような不快感があった。 それが、異変の起きる前兆だったに違いない。 多分、中枢神経系統が意味不明の疾患に犯されたに違いなかった。 それが、ウイルスに拠るものか、何か他の原因があるのかは不明だが、中枢神経の麻痺が原因である以外、理由は皆目見当がつかなかった。 ただ、 この景色には見覚えがあった。 それは、 俺が、子供時代を過ごした故里の山に間違いなかった。 遠くで「お父さん、どうしたの?お父さん!」 子供が俺を呼ぶ声が響いた。 しかし、 やがてその声は、今は亡き故里の母の、俺を叱る声へと変ったのだ。 俺は一体、どうしてしまったのか? 何とかしなくてはならないのだが、自分の意志ではどうすることも出来ない。 俺は、どこまでも記憶の深海の中へと潜水してゆくのだった。 狂***気 この時、俺の脳は、断崖絶壁の谷底へと向かって疾走する制御不能な蒸気機関車のように、どこまでもどこまでも過去の世界へと遡及してゆくのだった。 それは、俺の意志では、最早どうすることも出来なかった。 どうにも止め様が無かったのだ。 俺は、発狂したのかもしれなかった。 まさにこの瞬間に----- そして俺に至福の時が訪れた。 俺は母親に手を繋がれて野山を歩いている頃の子供に戻ってしまっていた。 この瞬間より、俺の脳は、思考する事を停止したのだった・・・

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●虚空(カオス) ヘシオドスによれば、この世界に初めて生まれた神の名は、カオスであった。



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●空に突然、誰も見たことのない物体が北西の方向から飛来した。帝国の100周年の祝祭の式場に、突然それは現れたのだ。
人々は驚いて空を見上げた。
それが、悪意に満ちたものなのか、あるいは神が使わしたものかは分らない。それだけに、人々の不安は強く動揺が会場で広がった。
「この世の終わりが来た。」と泣き叫ぶ人々、物体に祈りを奉げる人々、唖然として見上げる人々、はたまた会場から逃げ出す人々・・


その物体は、紫色の尾を棚引かせながら、人々を嘲笑う様に南東の方向へ頭上を通り抜けていったのだ。

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●人間の心の中ほど、不思議で不可解なものはない。
人間は、自分の心の中でさえ完全に知ることが出来ない。ましてや他人の心の中にまで入り込む事など永久に不可能だ。
どんなに偉い精神科医がいたとしても、患者の心の病の解釈には何処まで行っても割りきれぬ不可解な部分が残る筈だ。
残って当然なのだ。
それをトラウマや遺伝子(気質)で解釈しようとしても、所詮無駄なことだ。
なぜなら、
人間は、この世に生れ落ちた時から、その人間に固有の宿命を背負っている。
その宿命に則って生きてゆく。
自らの意志で、進むべき道を選択しているのではなく、目に見えない既に敷かれたレールの上を無意識裡に走っている。

そのように考えたほうが自然なことなのではないか?
僕は、最近そう考えるようになってきた。

●昨夜、僕は睡眠時間は3時間ほどしか取っていないのだが、とても怖い夢を見た。
怖い夢を見て、目を覚ましたという方が正確な表現だ。
夢の完全な内容までは、記憶していないのだが、最後の部分はあまりに鮮烈な情景で、今も脳裏に焼きついている。
昨夜の東京は湿気が凄く、まるで水の中にいるように感じられるほどだった。
そうした状態の中での睡眠は、往々にして怖い夢で妨げられることが多いものだ。
昨夜もまさにそんなパターンが適用できる十分条件を満たしていた。
ならば、そんな夢を見ることも必然であったのかもしれない。
但し、その夢には現在の自分の心境を投影している部分があることは、否めない。
自分の心から、人間は逃げ出す事は出来ないのだ。
例え、それが夢であっても・・・

●若者3人組が夢の中には登場した。
彼らは僕が、今まで会った事の無い若者達だった。
あるいは、街の中や電車の中、若しくは映画やテレビの中で見かけたことがある若者達なのかもしれない。
そのような僕の記憶の潜在下に沈んでいた記憶を夢が登場人物として導きだしたものかもしれないが、現在の僕の記憶の中には浮かんで

こないタイプの若者達であった。
彼らは、残酷な行為をまるでゲーム感覚で楽しんでいる若者達だった。

さて、夢の情景は、こんなものだった。
僕は友人と一緒だった。
その友人が誰であったか、今となっては思い出すことが出来ないのだが、仕事関係の友人であったことは間違いが無い。
場所は渋谷のような繁華街であった。
僕らは2人で酒を飲んだ後、駅に向かう途中だった筈だ。
僕は先日渋谷で、死体が転がっているのを、目撃したことがあるのだが、多分場所はその辺りだろうと思う。
そこまで来た時に、人垣が出来ていた。
あの日と同じだな・・・
僕は、そんなことを感じた筈だ。
そこは、交番もすぐ近くにあるし、決して危険な場所ではない。
人垣を押しのけて見てみると、どうやら3人組が人を殴りつけている様子だった。
いかにも悪人という風体のその3人組は、鉄パイプを握っていた。
それを使って、無防備の人を殴りつけているのだ。
殴られている人は全く動かず、生きているのか、死んでいるのか分らなかった。
ボロ雑巾のように、地べたに横たわり、その体から血が歩道に流れていた。
遠巻きに見ている人間達は、誰もそれを止めようとしない。
呆れたことに、警察官までもが、恐ろしさの余り、震えて手出しもせずに群集の中に紛れていた。
僕は、憤慨した。
この群集たちは、まるで映画の撮影現場を眺めるように、好奇心に満ち溢れた恍惚とした表情をしているのだ。
3人組のうちの一人が、殴りながら大声で叫んでいた。
「どや、借りた金返さないおんどりゃが悪いんや!見てみい!みんなそう思ってるんやで!ここにいる誰もがそう思っているんや!殺さ

れて当然や!ポリ公だって、そう思っているやさかい、止めもせんのや!」
群集は押し黙ってその声を聴いていた。

その時、僕の背中を潜り抜けるように中年の男性が、ひとり3人組の前に立ちふさがった。
高倉健に似た目つきの鋭い如何にも敏捷そうな体型の背の高い男性だった。
彼は、金属バットを手にしていた。
そして、3人組に向かって、
「やめろ!」
と小さく呟いた。
それを目撃していた群集がざわめき始めた。
人々の勧善懲悪を求める心情が、目を覚ましたに違いない。

「なんやと!おっさん、今なんてった!」
一人が鉄パイプでいきなり殴りつけた。
咄嗟にそれを間一髪のところでかわした男性は、その鉄パイプを叩き落した。
それを見ていた僕は、思わず唸った。
「やった!」
二人目の攻撃も、なんなく男性はかわし、肩に金属バットを打ちつけた。
「ぎゃーーっ!」
悲鳴をあげて、2人目の若者が倒れ、転がりまわった。
「あと一人だ!」
みんなは、正義の味方の登場に胸を熱くした。
僕も同じ心境だった。
しかし、リーダー格の男は、剣道の嗜みがある様子だった。
しかも、かなりの達人だった。
男性と、互角に渡り合っていた。
僕は、握った拳に汗が溢れてきた。
鉄が相互にぶっかり合う金属的な音が、周囲に木霊していた。

その時だった。
男性の背後から、第四の若者が出現した。
そして、日本刀で袈裟斬りに男性の頭を「ガッシーン!」と叩き割ったのだ。
不意をつかれて攻撃を受けた男性の体が激しく左右に揺れた。
しかし、男性は仁王立ちのまま倒れなかった。

「おっさん、あんたが悪いんや。知らん顔してれば、こんな目に合わんかったんやで。」
日本刀の男は優しい声で、男性の頭にタオルをおいて、そう語った。
そのタオルで流血を押さえようと思ったのか・・・
しかし、男性が致命傷を負ったことは、誰の目にも明らかだった。

男性の体が、小刻みに左右に揺れている。
暫くの後、頭に置かれたタオルが真っ赤に染まった。
次にドクドクと音を発して頭から血が流れ出した。
そして、次の瞬間、耳と鼻から、「ブバーッ!」噴水のような血が噴出した。
男性は、一撃で死んでいたのだ。

それを目撃した僕は既に我慢の限界を超えていた。怒りが沸点に達していたのだ。
僕は、真っ赤な鬼の形相で、飛び出していこうとした。

が、
その時、強い力で腕を掴まれた。
「やめろ!」
僕の友人が、そう
目で語っていた。

「ちきしょう!これが黙っていられるか!」

そう叫んだ時、僕は自分の声に驚いて目を覚ましたのだ。
体中に寝汗をかいていた・・・
「夢だったか・・・」
僕は、夢であったことに感謝した。

あの場面で、僕はどのような選択をしたのだろうか?
それを考える事は、とても恐い気がした。


僕は夢の中で、心の中の深淵を覗き込んでしまったのかもしれない・・・





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