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☆黄泉の国

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浦島太郎は、精神を病み会社を辞め、都会の生活を抜け出し、実家に近い海辺で静養していた。
社会生活から隔離された太郎には、これといってやることもなく、毎日堤防付近で釣り糸を垂れることが日課だった。彼は独り者であったし、両親も健在であり、長年努めた会社からの退職金も入り、暫くは悠悠自適な生活を満喫できたのである。
その意味で彼は恵まれていた。

ある日釣りの帰りみち、浜で3人の子供達が海亀を苛めているのに出会った。
子供達は、棒で亀の背中を叩き、背にのり飛び跳ねたりしていた。
亀の体の半分は砂に埋まり、「くー、くー・・・」と苦しそうな鳴き声をあげていた。
太郎は、亀の目から涙が零れているのを見た。
このまま放って置いては死んでしまう。
可哀相に思った太郎は、
そこで、
「どうだろう?みんな叔父さんにこの亀を譲ってくれないかな?」
洟を垂らした悪餓鬼の大将らしき人物が、
「やなこった!おいらが見つけた亀だ!誰にも渡さんぞ!」
と叫んだ。仲間達も、
「そうだ。そうだ。」
とはやし立てた。
太郎は服のポケットから小金を出して、
「それならこれで売ってもらえないだろうか?」
悪餓鬼達は、顔を見合わせて、鋭く目を輝かせた。
年長の子供が答えた。
「それじゃ、少ない。○○○円だったら、譲ってやるよ。」
どうやらこの子供達は、太郎が金を持っていることを知っているらしかった。
漁師の町で、毎日ぶらぶら何もしないで遊んで日を過ごしているのは、太郎位のものだった。
この町では、老人と言えども、労働することが当然だった。みんな毎日忙しく働いているのだ。
だからこそ、何もしないで遊んでいる太郎のことが、人々の話題に上らぬ筈は無かった。
そんな話を子供達も耳にしていたのだろう。
「どうやら、浦島の家の太郎は退職金たくさんもらって、一生遊んで暮らせる身分らしい。うらやましいのう・・」
「女房も子供もいないんじゃ、さぞかし楽にくらせるじゃろうて。」
そんな会話を耳にしていた子供達は、法外な値段を持ちかけることに良心の呵責も感じなかった筈だ。

太郎は、しかし子供の言い分に笑いながら、
「じゃ、○○○円で売ってもらうね。」
お金を出すと悪餓鬼に渡した。
悪餓鬼達は、驚いたようだった。
冗談で言ったものの、まさかこれだけの金が、現実に手に入るとは思わなかっただろう。
震える手で金を受け取ると、3人は全速で走っていなくなってしまった。
おもちゃ屋にでも向かったのだろう。
町の方向へと駆けて行った。

太郎は残された亀の背を撫でて、
「可哀相に。酷い目にあったね。でももう大丈夫だよ。」
語りかけた。
すると、亀が返事をした。
「ありがとうございます。あなたのお蔭で助かりました。このご恩は一生忘れません」
髪の毛に手をやりながら、
「いいんですよ。それより早く海に戻りなさい。また悪餓鬼が戻ってきては大変ですよ」
太郎は亀と会話が出来ることを格別に不思議なことだとは、思わなかった。
極自然なことに思えたのだ。
心の中で、意志の伝達が可能であったのだが、生物に宿る魂は同じ性質をもつと信じる太郎には当然のことであったのだ。
亀は会釈をすると、海の中へ入っていった。
そして、最後に太郎を振り返って手を振ると、沖に向かって消えていった。
太郎は、亀を見送りながら心に清清しい風が吹いているのを感じていた。

それから数ヶ月が過ぎた。
太郎の両親もいつまでもただ無益に毎日を過ごしている太郎を心配になって忠告した。
父:「太郎、そろそろ体の具合も良くなった様だし、仕事を始めたらどうじゃ?」
母:「いつまでも独身でいる訳にもいかないし、それにはまず職につかなければなりませんよ。」
そんな二人の心配を他所に、
「お父さん、お母さん、ご心配ありがとうございます。でも、私は一生独身で良いんですよ。結婚して子供を作るには年を取り過ぎましたし・・・」
母;「そんなことを言っても・・それでは、私達は孫の顔を拝むことも出来ない・・それでは、哀しいですよ。」
「お母さん、私は今の時代が子供達が生きていく上で、幸せな時代だとは思わないんですよ。病んだ時代なんです。何よりも貨幣が幅を利かし、人間がものとして扱われているんです。こんな時代に生まれてくる子供は、不幸に違いありません・・だから子供はつくらないつもりなんですよ。」
父:「難しいことは、我々にはようわからんが・・それでは浦島の家系は絶えてしまうがな・・」
「お父さん、ごめんなさい。」
こんな会話が食後には繰返されていた。

翌日、太郎はいつものように堤防で釣りをしていた。
この日はやけに獲物がかかる不思議な日だった。
餌を準備し、海に釣り糸を垂れると同時に獲物がかかるのだ。
これだけ大漁に恵まれれば、普通の人間なら小躍りして喜んだことだろう。
しかし、太郎は魚が欲しかった訳ではなかった。
だから、釣った魚はその場で海に放してあげた。
釣りそのものが楽しかったのではなく、海を見ながら人生について考えることにこそ興味があったのだ。
この当時、太郎は死後の生命について考えていた。
彼は、あの世は、この物質界の中に次元を超えて複合的に存在するものであると確信していた。
我々の目に見えないだけで、あの世は我々の周囲に重なり合いながら広がっているのだ。
そういう世界であると考えていた。「常世の国」とは、我々のすぐ隣に存在している霊が集う場所であると信じていた。
太郎は、日本を語る時に避けて通れない事件があると思っていた。
征夷大将軍として坂上田村麻呂が、4万の兵士を伴って行った鬼退治伝説として知られる蝦夷征伐だ。
当時東北地方には、蝦夷と呼ばれた原日本人が集落を作り国を形成していた。
彼らの歴史は古く、規模も大掛かりで、自給自足で国を賄っていた。
その彼らを征服したのは、朝鮮半島から渡ってきた大和朝廷の人間達で、征伐された彼らの霊はどこか「常世の国」とも呼ぶべき場所に集結していると考えていた。
その場所がどこにあるのか・・・
太郎はそれを知りたいと願っていた。
策略に嵌められ殺された蝦夷の首領アテルイの首は、田村麻呂に斬り落とされた時に、悔しさのあまり空中を泣きながら飛んでいったという。
それらの霊が、留まっている場所が存在すると考えていた。

その時、ウキが反応した。
釣り上げると、体長40センチもある緑色の見たことも無い魚がかかっていた。
針から魚を外していると、魚が語りかけてきた。
「太郎さん、こんにちわ。」
太郎は話し掛けられたことに何の違和感ももたなかった。
自然に答えていた。
「うわあ、こんにちわ。」
「驚かせてごめんなさい。私は太郎さんに伝言を伝える為にやってきました。」
太郎は、
「伝言・・・?」
聞き返していた。
「はい。伝言です。私達の国の長がぜひ太郎さんを私達の国にお招きするようにと申しました。」
「あなた方の国へですか?」
「そうです。私達の国である龍宮城へです。」
「龍宮城?」
「ええ、私達、原日本人の霊が眠る常世の国です。」
太郎は興味を覚えた。
「常世の国に生きたまま人間が入ることが出来るのですか?」
「通常は許されません。肉体の衣を脱ぎ、禊払いが必要な場所だからです。」
「では、私には行くことが出来ない場所なのですね?」
「いいえ、あなたは特別に選ばれた存在なのです。ぜひご招待するようにという我々の長からの命令なのです。如何でしょうか?」
「行きたいのは、山々ですが、私には行く為の方途がありませんよ。」
笑って答える太郎に、魚は答えた。
「先日、あなたが救ってくれた海亀が浜で待っております。彼の背中に乗ってください。」
「夢のようなお話ですね。」
「あなたには信じられませんか?」
「まあ、騙されてみましょうか。」
太郎は、その魚を海に放した。
魚は、ぴょんと飛び跳ねると海に潜って消えた。

帰途、太郎は半信半疑であったが、先日の浜に海亀が待っているのを見つけた。
「先日は、命を救っていただきましてありがとうございます。」
亀は、太郎を見ると微笑んで語りかけてきた。
太郎も手を振って、
「やあ、元気そうですね。良かったね。」
言葉をかけた。
「お蔭様で、すっかり傷も癒えました。」
「でも、またこんな所にいて悪餓鬼に見つかったら大変だよ。」
「もうあんなヘマはしませんよ。ありがとうございます。」
亀もテレ笑いをした。
そして言葉を続けた。
「さあ、太郎さん。私の背中に乗ってください。これから龍宮城へご案内いたします。」
「本当なのかい?僕は冗談だと思っていたが・・」
「行けば分かりますよ。」
海亀が笑った。
その笑顔に誘われるように太郎は亀の背中に跨った。

太郎を乗せた海亀は、西の方向へと進んでいった。
どれくらい来たことだろう?
目の前に小さな無人島が迫ってきた。
「ここから海の底まで潜ります。そこにトンネルがあります。そのトンネルを抜ければ、我々の国に到着いたします。暫く辛抱してくださいね。」
海亀が言った。
言葉と同時に海亀は地底に向かって潜水していった。

トンネルを潜り抜けると、そこには驚くような色鮮やかな原色の城が建っていた。
海の底にも拘わらず、そこには空気があった。
そして、綺麗な着物を着飾った女達が出迎えてくれた。
地の底で何かが呼吸をする音が、重低音で響いている。
「すーはー、すーはー。」
巨大な生物が呼吸をしている音だった。
太郎は、直感的に何か得体の知れぬ生物が、そこにいることを感じていた。
太郎は海亀にそのことを問うてみた。
「あれは、我々の守り神である龍の呼吸の音です。」
そして、
「さあ、中へお進みください。みなさん、あなたのことを楽しみに待っていらしたのですから。」
と薦めた。
太郎の周囲に女性が集まってきた。
「よくいらっしゃいました。どうぞ中へ入ってくださいね。」
薦められるままに中に入った太郎は、びっくりした。
全ては金で塗り篭められ、その眩しさは目を開けぬほどの輝きを放っていた。
そこで太郎はご馳走攻めに合い、女をあてがわれ毎日夢のような時間を過ごした。
これが本当に現実の世界なのか?
何度も太郎はそう考えたが、饗宴の毎日にそんなことを考える余裕さえ失っていた。
この幸せが永遠に続くことを念じていた。

ある夜、太郎は伽をしている可愛い女性に尋ねた。
「みんな毎日、宴会をし遊び暮らしているのだが、こんな生活がいつまでも続くとは思えないのだが・・・この国は何を生産して成り立っているのかな?」
女は答えた。
「心配はご無用ですわ。ここには、物質は存在しない世界なのですから。何も生産しなくて良いのです。」
「物質が存在しないって?じゃ、これらの生活はどう説明すればいいんだ?」
「それらは、あなたの放出した想念が生み出しているのです。」
「想念・・?」
「ええ、そうです。この世界には元々物質は存在しないのです。」
「じゃ、君はどうなるんだ?実際に君はここに存在している・・」
「私は、霊的人間なのです。ですからあなたの想念によって、如何様にも姿を変えることが可能なのです。」
「では、君は死んでいるのかい?」
「人間の本性が霊にあるとすれば、私は生きております。肉体に私の本性があるとすれば、私は死んでいると申せましょう。」
「それでは私の想念で、どのような世界でも作り上げることが可能なのかい?」
「勿論ですわ。ここには、物質は存在しない想念の世界なのですから。」
女が笑って答えた。
ならば、ここは黄泉の国だったのか・・・
太郎は頭を抱えた。
「私は生きたまま黄泉の国へ来てしまったのだ・・・」

次の日、太郎は龍をぜひこの目で見たいと思った。
朝、早く目を醒まし隣で寝ている女を起こさないように気を配りながら、呼吸音のする方向へ向かって歩いていった。いくつもの部屋を抜け、地階まで行くと、前方に巨大な井戸のような穴があった。
直径は7,8メートルはあるだろう。
その穴を覗き込むと、どうやら音はここから聞こえてくるようだ。
周期的に空気が伸縮しているのが分かる。
吸引する力はかなりのものだ。
太郎は、勇気を奮い起こした。その穴に入り込もうと思った。
その時だった。
「そこへ入ってはいけません!」
鋭い声が響き渡った。
驚いて太郎が振り向くと、なんとそこには、
先ほどまで隣で寝ていた美しい女性が、殆ど骸骨になった姿で立っていた。
わずかに頭蓋骨に残った髪の毛、眼球が落ちた目、そこからは蛇が顔を出している。
骨に僅かに残った腐った肉・・・
その肉には蛆が群がっている。
腐敗した肉の匂い・・・
反吐が出そうになるのを堪えた。
太郎は全身から血が引いていくのを感じた。
そして、気を失いそうになるのを必死にこらえながら出口に向かって駆け出した。
すると今度は井戸の中から、巨大な龍が這い出してきた。
龍とは、死んだ魂が複合されて形作られた怨念の塊のことだったのだ。
全身から冷や汗が噴出した。
太郎は必死で逃げた。
恐ろしさの余り泣きながら逃げた。
しかし龍の速度は凄まじく,すぐに太郎は龍の口の中に収まってしまったのだ。




太郎は浜で気を失っていた。
気がついた時、そこが海亀を救った浜であることが分かった。
しかし元の浜とはかなり様子が違っていた。
太郎は近くの人に、尋ねてみた。
しかし言葉も通じなければ、里人の服装も明らかに太郎の知らないものだった。
知らぬ間に数百年の時が流れていたのだ。
太郎は、黄泉の国へ行くことで時空を飛び越えてしまったのだ。
太郎は現実での生活の場を失った。
でも、それと引き換えに永遠に続く生の秘密を垣間見ることが出来たのだ。

浜をずぶ濡れになった体で、高笑いする太郎に、波が押し寄せては消えた。



☆ねもちんズ☆黄泉の国
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●断片



●40歳の太宰治が、山崎富江と玉川上水で入水心中したのは、1948年(昭和23年)だった。
後には「グッド・バイ」の草稿を残して・・・
彼が本当に死ぬ意思であったか、あるいは富江によって殺されたものなのか?
真相は分らない・・・・・

この年、「命売ります」というプラカードを持った青年が、銀座に現れた。
彼は、自らの命を5万円で売り払い、その金を病気の父親の治療費に当てようとしたのだ。
病気の父親は、死んだ・・・
青年の意思に逆らうように・・・

そして、数寄屋橋には北村サヨを教祖とする踊る宗教が出現した。
彼女らは、無我の境地で踊りまくった。恍惚とした表情で・・・・
主義、主張がここでは問題にはならない。
彼女らは、踊ることでしか、自らの感情を表現する手段がなかったのだ・・・きっと。


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●201×年、真夏・・・
二枚目俳優として常に人気を維持してきた●●が、焼身自殺した。
見た目は若く見えた彼だが、既に60歳を越えていた。
後には、整形外科病院に支払った多額の領収書を残して、彼は死んだ。
きっと自らの素顔を知られたくなかったのだろう・・・
彼の顔には、硫酸がかけられていた。


この年、「命買います」というプラカードを持った老人が、渋谷に現れた。
彼は、若い命を買い取り臓器を取り出し、自らの体に移植しようとしたのだ。
弱った彼の臓器を、若く瑞々しい臓器と取り替えるつもりだったのだ。

国会を取り囲んだ群集たちが、突然口々に「ええじゃないか、ええじゃないか♪」と大声を張り上げて踊りだした。



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